chiaki./ 7月 27, 2018/ 徒然

この間、安カ川さんに言われたことを、ずっと考えている。
「失敗を恐れるな」「いろんな人とプレイをする」etc.、
色々とためになるアドバイスを貰えたのだけど
一番今考えているのは「その人の歌を良いと思ったということは
自分のなにかが共鳴したということでしょう」と言われたこと。
そのことをずっと反芻している。
私が与世山澄子さんの話をしたからだったと思うんだけども

与世山さんの歌は、私と全然違うな、むしろこんな歌い方はできないなと思っていて
それがどうしてなんだろうと考えたときに
彼女の歌は言葉を発する力がとても強い、ということなのかなあという結論に至った。
これまた別件で先日言われたように、私はいつもどこか諦めているし
客観的な立場でいなければならないとも思っていて
何より、はっきり言葉で伝えると殺されてしまうんじゃないかレベルで危険だと思っていたし
(これはまた機会があれば別の話に…)
私には無理だと思っていたけど、うーん、共鳴しているのかあ…。

もちろん歌う歌詞に惹かれて、その歌をレパートリーに入れることはよくあることなんだけど
そうであっても客観的でないといけないと思ってたし
冷静に歌うように今までずっと言われてきたし、たぶんその両立が必要なんだろうけど
熱さ持ったまま冷静にって、よっぽど余裕が無いとできないことだし
Youtubeの与世山さんを見る限り、言葉の重みと余裕が共存してるんだなと感じる。
私が80歳近くになったら見える境地があるんだろうか。


「なんか最近夕方に腕時計見たらいつも自分の誕生日やねん」と知り合いに言ったら
「それは新しいことが始まる前兆!」と言われたんだけどホントかな?!

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