chiaki./ 8月 5, 2018/ ヒーリング, 徒然

この間のライブのひとり反省会をぼちぼちしつつ。
…とは言っても自分ではあんまり覚えていなくて
(お菓子をいっぱい頂いたのは覚えている)
「もっとあれはああ出来たなあ」とか、その程度の事しか
あまり思い浮かばないんだけど。
「もっとあれはああ出来たなあ」の種類だけは割と多い…。

来てくださった方が「エネルギーをもらった」と言ってくださった。
なんか新しいご意見だな!
確かにコチラ側としてもなんか普段と違う感覚が私にもあって
正直、私も「あれはなんだったんだろう??」と思っている。
そうだ!覚えていないというか「なんだったんだろう?」だ!
結局、私はきっとあの場のエネルギーの一部だったんだな!という結論に至っているのだけれど
なんかそういうのって面白いねえ。

なんだろう、そういう風に考えだしたのは
NHKラジオの「夏休み子ども科学電話相談」を聴き始めたからかもしれない。
「人間を原子レベルにまで分解して、
それを別の星に持って行って組み立て直したら
テレポーテーションできるのか」みたいな質問を小学4年の男の子がしていて、
先生によるその解答をじっくり聞いていたら
所詮、我々は原子の粒でしかないんだなと改めてしみじみ思ってしまう。
乱暴な言い方をすれば、単に原子の粒の集まりなんだから、
いろんなエネルギーに揺さぶられて当たり前だよねえ。
月の満ち欠けに左右されるし、
音楽映画絵画文学etc.のエネルギーを感じて共鳴するし…。
そんなのも色んな事が腑に落ちる。

昔はよく、私の声質のせいか「癒し系」とか言われることがしばしばあり
私はそれがなんか嫌で、むしろオレが癒されたいんや!!と思っていたのだけれど
結局、本当の意味での「癒し」ってエネルギーを循環させることなのかもなあ、と思う。
そういう意味ではこの間は確かに「循環」していたのかもしれない。
そしてそれは私だけでなく、共演してくれた人、
その場所、来てくださった方のエネルギーだよね。
「癒し系」よりもこれからは
「ガンガンエネルギー循環させ系」を目指していきたいなと思ったり。

結局、ヒーリングのセッションとかもお試しでぽちぽちやってみたんだけど
どうも自分の中でしっくり来ない。
それだったら女の子とキャッキャウフフしながらタロットやりたい。
っていうか、女の子とキャッキャウフフしたい。
きっと私の中で「ヒーリング」とは「エネルギーを循環させること」で
腑に落ちたからかもしれない。
自分のことなら表面的にも潜在的にも変えられる。
けど、他の人の何かを変える(それが表面上本人が意としていたとしても)のは
なんか苦手だなあ…と今のところ思っている。

今日、うっかり買ってしまった私の癒し担当…。
アメちゃん3個と目薬しか入らない子!!!

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